好・典・然 ふっかもふ。

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ふっかもふな日常。

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妙光

自分にとってどうでもいいことは適当な感情に任せて発散できることでも、大事なものにはいつも、自分の理性と相対することが要求される。
いつも、いつでも、長いがまんが要求される


のが、つまりは、下っ端なのである(クレーマー怖い)。

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# by kou_ten_nen | 2018-10-10 00:04 | 日記、雑記

毎日暑いですね…

大変、また間が開きました。

今は活動の拠点を別のところに移してしまっています。
あまりお話しする方もここはいないので、どうしようか考えているのですが、ここにはここの主婦ブログとしての意味がある! と考えて、敢えて書いている感じですね。

変更について。
※「小説家になろう」:どうもインターネットで小説を公開するのは合わないのと、ライトノベルそのものが私に合わなかったようで、今は一切かかわっていません。
リアルのお友達で投稿している方が見つかったら、また考えます。

※はたらいたり、はたらかなかったり。:まったくの大病ではありませんが、そこそこ数値で身体症状が出てきているのと、気力などに影響が出ているせいで、現在休養中です。時短ボラやアルバイトなどを少しずつ初めていこうかと思うレベルですが、もうフルタイム週5日勤務は無理かもなあと、自宅でできるお仕事を探しています。
よい情報ありましたらよろしくお願いします。

※バラ、など。:三年くらい前からバラを栽培しています。バラ園にも時々行きます。

※読書傾向:んーっ。これはわりとまちまちですね。気ままさは、あまり今までと変わってないかも。

というわけで相変わらずですが、よろしくお願いします。

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# by kou_ten_nen | 2018-07-16 16:27 | 日記、雑記

夜のお茶

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どうも体調が思わしくなく、やる気もないときにはぶらぶらと街中を散歩して帰るのが一番、というわけで、本日はちょっと中村橋まで足をのばしてきました。

時々行くインドカレーの店、サグーン。今日はモモと、アイスチャイで軽いお食事。
モモってネパール料理なんですね、このお店はタイ料理も出してくれる南・東南アジア系のご飯屋さん。ネパールというか、ヒマラヤ一帯の遊牧民料理…といったほうが近いかもなあ。チベット料理にもモモは出てきますので。
要はネパール風の蒸餃子なのですね。スパイスがちょっぴり利いた、満足感のある軽食でした。
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で、帰りにお菓子屋さんのプロスペールまで行って、この白いアーモンド菓子を買ってきました。
ブールドネージュといいます。
当時、吉祥寺のNTTのお向かいに事務所と販売店を構えていた紅茶専門店リーフルさんで「ポルボロン」の名前で知ったお菓子です。
見た目はなんだかダンゴなんですが、ほろほろっと口の中で崩れる、アーモンド味の、クッキーと砂糖菓子の間みたいなお菓子。
あの当時は珍しかったのですが、もう今はお菓子屋さんだけでなく、大手のパン屋さんでも置いていますね…。
でもお菓子はお菓子なので、この時間にたくさん食べるのはちょっとまずい。もう若くないんだから…と、今晩はひとつっきり食べて、あとは明日。紅茶との相性は抜群です。
本日はリーフルさんの昔をしのんで、マーガレットホープのファーストフラッシュでいただきました。

たまに、厄落としのようにこういうライターもどきのことをやります。別にライターになりたいわけじゃないんですけどね。真似事、というか。
それではまた。



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# by kou_ten_nen | 2017-06-12 23:15 | 外食えすけぇぷ

動き

久しぶりに古巣投稿してみた。

んですが(^^;


なんというか……投稿キャラの押し付けが相変わらず盛んというか……ある一定以上の意見はもらえない仕組みを肌で感じるというか……(^^;
それが故に別の種類の悪質な子らの追撃が防げているという話もあることはあるんですが、んー魅力的では、ないな。
創作の相談をしにいったのですが、なんというか「この人たちは老人たちが好む"夢よもう一度"が欲しくて私に追いすがっているんだろうか」と思いたくもなってしまうのですね。
自分が弱っているだけかもしれないんですが。
んで相談にならなかったというね、もうね。

ネットを始めて、私は「情報を与えないいじめ」というものにぶつかってしまって、ネット・リアルとも、ずっと乗り越えられないでいる。
細かいことは言えないので全部例えで説明しますが、A子さんとかB子さんとかC子さんとかが持っている情報が、私にはわざと断片的な情報しか与えられない。何月何日何時から、どこそこで何があるよ、こういう服装で来てね、というような内容を、わざといくつかは伏せて伝えられる。
で、それを私が疑問に思った部分は質問して答えてもらうんだけど、それでも完璧に項目をフォローしなければ、普通人は自分で考える。

ところが、この「自分で考える」という部分をですね、彼女らは覚えていて、そのあと自分たちでその項目を統一するわけです。帽子が必要とか、傘を持ってくるとか、ビニール袋持参とか。たとえですよ、繰り返しますがこのアイテムもね。

そして当日私はお約束のように、恥をかく。
極めつけは、「え?言ったでしょ、言ったわよね。ネーみんな(全員示し合わせているように頷く)」とか、「ふつうわかんなかったら聞かない?」とかいうお言葉の数々。
大げさな嘘はつかない。せいぜい、言った言わないのごまかし程度。
悪質な人になると、その一つ一つの件だけが目的にならない。重ねて効果を出してくる。

「あの人はなんでも一人で勝手に考えすぎる、人の話を聞かない」
「人の考えを理解できない、頭が悪い」
「ミスが多い、失敗が多い、仕事を任せられない」……etc.

レベルの高い内容であれば、それは確かに自分の誤りであり、失敗です。まず、私が悪い。
ところが、いくらでも選択肢がある、言いまわしがあるごく当たり前の日常行為や発言で「ふつうそんなこと考えないよ?あなた変わってる」「なんでそんな考え方になるの?今までそんな人見たことない!」と大げさにリアクションを起こされたり、人前で結構大きな声で笑われたりして、それをたびたびやられるってのはもう、立派ないじめです。

思春期の中学生ならともかく、大のオトナがそんなことやるんですよね。そっちのほうが私は恥ずかしいと思う。
何が不満かしらんが。

そして一度そのよくないキャラが固定されると、今度は成長を認めず、そのダメキャラであり続けるような工作を裏でいろいろとやっちゃうわけです。
更に、友達や理解者を作らせないようにする。

新しく入ってきた子にはかかわらせないようにする。
適当なところで罠を張って、私のリアクションを大げさに脚色して「この人って変わってるから関わらないようになさいね」という(あるいはそれを言いたげな行動を取る)。
問題のある人を押しつけて、はたから見て互いのリアクションを楽しむ。

彼女らは、私が彼女らの決めた人物、キャラクターでないことが嫌でしょうがないんですね。
だから、リアルな仲好しや人付き合いを見ると固まってしまう。なぜか古くからのリアルな人間関係には手が出せないようです。よく知らない人などには圧力をかけたり、讒言したりしてもです。
そこが変と言えば、変。

で今回古巣サイトに戻った折に、当人たちもおそらくそうやられているであろう貧乏くさい被害を私にもまた浴びせようとしてきているこの手の人々に、いささか辟易しているというわけです。
他にも新規の投稿サイトを見てみましたけどね……あのうるさいトップページは何だろう。パチンコ屋かな?と引いてしまいました。
煩くない、品のいいところは息苦しい人間関係や、前述の豚さん着ぐるみの押し付けのようなものがあって、何がいいか分からない。

まあここは誰かさんの考えるような、「気のせい」を推し進めて自分のリピートするだけの思考から逃げるしかないんでしょうね。ああもう、本当、疲れたなあ。
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# by kou_ten_nen | 2016-06-27 06:31 | 創作

本の栄養とWebの栄養

ちょっと昔のことを告白します。

私インターネットを始めてから、ほんとうに今まであっちこっちの小説投稿サイトにお邪魔していたんですね。
有象無象が集まるマニアックなところから、流行のおしゃれなところまで。

で、今はこんなですが(笑)結構たくさんの方に読んでいただいた時期もあったんですよねー。その早い時期にWebとは区切りをつけて書き始めるべきだったんですけど、私もの知らずだったから、変な欲が出てしまっちゃいまして。

ちょっと読書関係の集まりなどで勉強させていただいたりもして、そこはいつもとても良い本を課題にしていたので、思ったことなんですけれども。

ネット小説で素人が勉強するのは、結構難しいです。完成稿ならともかく、推敲も校正すらもまだの鉛筆原稿にいったい何を求めたらいいんだろう、と。
栄養価が全然違うんですよね。もやし1本とそれをお日様で育てて収穫できた大豆100粒くらい違う。単なる発想から他人様を意識するという自立した方向性という姿勢の差。

宮沢賢治の童話は角川書店あたりで習作も含めてたくさん出ているのですが、「グスコーブドリの伝記」なんてどうやら何回も書き直しているんですね。そのきれっぱしをいちいち習作として拾い上げる角川も角川なのですが(^^;

そして宮沢賢治の自筆をご覧になったことがある方ならさらに納得していただけると思いますが、この方は悪筆です。校正者が泣きながら文字を追っています。「銀河鉄道の夜」の最終頁なんて暴れ出したくなるほど何書いているか分かりません。

「自筆のだいご味を堪能する」というお題目その実態単なる苦行を出版社さんと印刷屋さんにお任せできる立場にいる私たちが、究極の完成原稿である「書籍」を手にしないのはもったいない話です。
いやWebでも青空文庫さんみたいなとこありますけど、電子図書館は著作権の壁がありますから、全部全部読むというのはやっぱり難しい。

ですからね。
結局、書籍に勝る資料はないってことになるんですよ、活字の世界ってのは。

物語を書くときに、オバチャンたちの芸能人の噂話にならないように気を付ける。
物語を進行させることだけを考えて(目的を持たせて)会話を整える。
たったそれだけで、文章ってのは格調が高くなります。

そんなことどーだっていい、私は下世話な井戸端会議小説が書きたいんじゃーとつむじを曲げてしまったら、そこまでです。ちなみに私、大衆小説よりまだ俗っぽい類の小説、完結できたことないです。
そこにはテーマがありません。理想もありません。ただ自己正当化に走る人々の姿が絶望的な形で描かれているだけです。
それなのに、その地獄をほかならぬ作者が何も客観視できてなくて、どうやって読者は物語を理解したらよいのでしょう。

なんてことをね。
自分の高校生くらいのころの痛い小説について、思ったことでした。あの頃の私、本当に漫画とアニメでだけしか栄養吸収してなかったなあ。
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# by kou_ten_nen | 2016-02-14 01:45 | 読書二軍