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ソウルフード

それにしても、いじいじと考え込んでいるな、私。
こういうとき一番、時間の使い方が下手なんだ。


ソウルフードって言葉がある。
結構大きくなるまでずっと韓国料理とばかり思っていたけど。

私にもある。


ひとつは、生まれ育った母の食卓の味。―①
もうひとつは、私が独り立ちしてから自分で作ってきた食卓の初期の味。―②


食材を何の不服もなく買える時代だからこそ、たまにその時代に戻っていろいろ考えたくなる。

①は、ごはんでは、魚料理、特にイワシ、サバ、太刀魚、カレイ、舌平目、きびなご、キスなどの大衆魚や手に入りやすい安価な魚。アジは干物が多く、サンマは秋に少し食べるきりだった。
野菜は季節のもの。畑やってると本当に葱を夕飯に引っこ抜いてきてそのまま料理に使う現象が発生するw 買った事がないため独り立ちしたときには野菜の店頭値段に仰天した覚えがある。
肉は圧倒的に鶏。豚や牛はむしろ給食のほうが頻繁に出ていた記憶があるw

②は、またそのうちに機会があったら書く。今回は無関係。


子供の頃、ばっかデカいサバをよく母が買ってきてたのよ。
50センチ、あ、もっと行くかな。青い背中が本当に黒々と見事で、これを豪快に捌いて、焼きサバなり、煮サバなりをやってて、三世代同居の腹を満足させてた。
だから私はサバを買うと、必ずフライパンで焼くか、味噌や醤油で煮ることにしている。
もうね当時魚なら腐るほど食べた。子供の私らなんか「肉食べたい肉食べたい」しょっちゅう言ってたよ。でも年寄りいる家庭で肉食を日常化してしまったらどんなことになるかは知ってたので、母は決して魚・野菜中心のおかず生活をやめなかった。
おかげで、多分祖父母は身体だけは恐ろしく丈夫な老後を過ごして、葬式のときも焼き場で「骨が堅いですねえ」と言われたほどだった。

肉食は身体を作る子供時代には結構大事なんだけど、できちゃってからはもう関係ないからなあ。病気とかになった後、効率よく身体が回復する程度かな。
でもそんな風景は私の子供時代の記憶にはない。
台所の母といえば大衆魚を手際よく捌き、調理し、誰にも文句を言わせずに食べさせる姿ばかりだ。

そんなわけで、煮サバを作ったのは昨日書いた。

味噌煮より圧倒的に醤油煮が多い母の味だったけれど、今回の私は魚臭さが怖かったので味噌にした。

まあよく出来ましたね。

そしたらねえ、やっぱり記憶がスゴいんだろうな。子供時代の自分の脳でもって、「ちゃんと喰え」って要求するの。
で、久しぶりに結構な量食べてましたわ。食後胃薬に頼るくらいw



それでも相変わらず、麺類の食いつきがよくない。
麺類は多分、「食べて元気出して動く」ってところに選択の目的ボタンがあるせいだろうね。
元気もでねーし、そんな動けねーよ。
肉も多分理由が似ている。これを多用するカレーも食べたくない。

ただ、ソウルフードを少しずつ混ぜて生活していけば、少なくとも食欲のこの心理的な異常さは消えていくと思うんだがな。

決め手はやはり、自分の意識しない、味への記憶だろうと思う。
食べていた時代背景とか自分の立場とか、無意識に全部思い出して、それがどうも今の私を元気付ける作用をもたらしているらしい。恐るべし脳、そして脳の記憶の仕事。
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by kou_ten_nen | 2013-02-07 23:45 | 日記、雑記