好・典・然 ふっかもふ。

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ふっかもふな日常。

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本の栄養とWebの栄養

ちょっと昔のことを告白します。

私インターネットを始めてから、ほんとうに今まであっちこっちの小説投稿サイトにお邪魔していたんですね。
有象無象が集まるマニアックなところから、流行のおしゃれなところまで。

で、今はこんなですが(笑)結構たくさんの方に読んでいただいた時期もあったんですよねー。その早い時期にWebとは区切りをつけて書き始めるべきだったんですけど、私もの知らずだったから、変な欲が出てしまっちゃいまして。

ちょっと読書関係の集まりなどで勉強させていただいたりもして、そこはいつもとても良い本を課題にしていたので、思ったことなんですけれども。

ネット小説で素人が勉強するのは、結構難しいです。完成稿ならともかく、推敲も校正すらもまだの鉛筆原稿にいったい何を求めたらいいんだろう、と。
栄養価が全然違うんですよね。もやし1本とそれをお日様で育てて収穫できた大豆100粒くらい違う。単なる発想から他人様を意識するという自立した方向性という姿勢の差。

宮沢賢治の童話は角川書店あたりで習作も含めてたくさん出ているのですが、「グスコーブドリの伝記」なんてどうやら何回も書き直しているんですね。そのきれっぱしをいちいち習作として拾い上げる角川も角川なのですが(^^;

そして宮沢賢治の自筆をご覧になったことがある方ならさらに納得していただけると思いますが、この方は悪筆です。校正者が泣きながら文字を追っています。「銀河鉄道の夜」の最終頁なんて暴れ出したくなるほど何書いているか分かりません。

「自筆のだいご味を堪能する」というお題目その実態単なる苦行を出版社さんと印刷屋さんにお任せできる立場にいる私たちが、究極の完成原稿である「書籍」を手にしないのはもったいない話です。
いやWebでも青空文庫さんみたいなとこありますけど、電子図書館は著作権の壁がありますから、全部全部読むというのはやっぱり難しい。

ですからね。
結局、書籍に勝る資料はないってことになるんですよ、活字の世界ってのは。

物語を書くときに、オバチャンたちの芸能人の噂話にならないように気を付ける。
物語を進行させることだけを考えて(目的を持たせて)会話を整える。
たったそれだけで、文章ってのは格調が高くなります。

そんなことどーだっていい、私は下世話な井戸端会議小説が書きたいんじゃーとつむじを曲げてしまったら、そこまでです。ちなみに私、大衆小説よりまだ俗っぽい類の小説、完結できたことないです。
そこにはテーマがありません。理想もありません。ただ自己正当化に走る人々の姿が絶望的な形で描かれているだけです。
それなのに、その地獄をほかならぬ作者が何も客観視できてなくて、どうやって読者は物語を理解したらよいのでしょう。

なんてことをね。
自分の高校生くらいのころの痛い小説について、思ったことでした。あの頃の私、本当に漫画とアニメでだけしか栄養吸収してなかったなあ。
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by kou_ten_nen | 2016-02-14 01:45 | 読書二軍